コツコツコツ

コツコツコツ

机を指で叩く音だけが部屋に響く。

椅子に座っているのは紅魔館の主、レミリア・スカーレット。冷たい視線の先にいるのはメイド長の咲夜。

 先ほどから咲夜は無言で掃除を続けている。レミリアの視線に気が付いていないわけが無いのだが、全く見向きもしようとしなかった。

 雑巾で窓を拭き終わり、無言のまま部屋を出て行こうとする咲夜にレミリアはついに我慢が出来ずに声をかけた。

 「咲夜、どうなっているのかしら。」

 「何が、でしょうか。」

 レミリアの感情を押し殺した冷たい声を何事も無かったかのように受け流す。

 「言わなくても分かっているんでしょう。何度も言わせたいのかしら。」

 「申し訳ありません。つい忘れていましたわ。」

 「……冗談が好きな様ね。」

 「いえいえ、めっそうもありません。」

 「まあいいわ、今日は絶対にはぐらかさせないから。紫が滅罪院寺を落としたそうじゃない。これで霊夢と交戦が出来る状態になったのよね。」

 「はあ、それはそうですが。」

 「じゃあ私はどうすればいいのかしら。このまま霊夢が攻撃されるのを黙ってみていろとでも咲夜は言うの?」

 「八雲家を攻略しろとでもお嬢様は言いたいのでしょうか。」

 「別にそれでもいいわ。」

 その言葉に咲夜は小さく頭を振る

 「無理ですわ。四重結界をまだ落とせていません。例え落としたとしてもまだ虹川館があります。まあ、あそこでは大した戦闘は起きないと思いますが。」

 「なら四重結界落とす準備しなさいよ。」

 「確かに、四重結界を落とす事ならできるでしょう。あそこは冥界ではありませんから、紅魔館にいる主力を出撃させればなんとかなるかと思いますし。」 

 「だったらなんで準備しないのよ。いい加減頭にきてるのよ、私は!」

 レミリアに思いっきり叩かれたテーブルがバキバキという音と共に裂ける。その惨状を目にしてもやはり咲夜は表情を変えなかった。

 「まず説明をさせて頂きますわね。四重結界を攻略することは可能です。虹川館を攻略することも可能です。ですが、八雲家との戦端を開けば西行寺家との間にある兵力を動かさざるを得ません。私やお嬢様も攻略に参加しなくてはならなくなるでしょう。また、四重結界に大軍を置かざるをえません。八雲家と戦う場合そのルートを使って補給や毛玉移動等を行うしかありませんので。そこを攻略されると紅魔館と分断されてしまいます。それら諸々の事を考えると、八雲家と戦端を開くのは無謀としか言いようが無いと私は考えています。」

 「だったら、何かないのかしら。」

 「ですから何度も言っているはずですが。現状でできる事は特にありません、と。お嬢様が蓬莱山家との同盟を結んでくださっていれば話は早かったのですが。」

 「……それは私に対して文句を言っていると考えていいのかしら。」

 レミリアの持つ真紅の瞳の色が暗い光を放ち始める。

 怒り顔だった表情が今は完全なる無表情となり、その瞳はじっと咲夜を見つめていた。

背筋に薄ら寒い物を感じる。

周囲の空気が震えているような錯覚すらも咲夜は受けた。

「いえ、そのような事は。」

「じゃあどういうつもりで言ったのかしら。」

「意見を述べただけですわ。こうすればこうなっていた、というだけの事です。」

「咲夜は私にこの頃無理としか答えていないわ。どういうつもりなのかしら。貴方は何の役割なの?」

「私は紅魔館のメイド長です。ですが、お嬢様が私に軍師の様なものをやれと命じました。ですから、私はお嬢様に文句をつけているのですわ。」

「軍師って作戦を考えるだけなんじゃないのかしら?」

「いえいえ。それも主な役割ですが、主の無茶を諫めるのも主な役割ですわ。」

その言葉を聞いてやっとレミリアの表情が元に戻る。咲夜は外面は変わらなかったが、内心で胸を撫で下ろしていた。

さすがに、本気で怒ったレミリアと相対したいとは思わない。それ以前に、本気で怒ったレミリアを見たのも久しぶりだったのだけれど。

「で、後者の役割を果たしているのは理解出来たけれど。前者の役割は一体何をしているのかしら。」

「色々とやっていますよ。」

「色々とやっていても私に理解出来る形じゃなきゃ意味ないじゃない。たとえばどこそこの領地を取りました、とか。」

「はあ、それはそうなんですが。」

「で、なにかそんなのはないのかしら。」

「……いえ、特にはありません。」

その言葉にレミリアはうんうんと頷いていた。やがて、何かを思いついたかのように唐突に立ち上がる。

「決めたわ、西行寺家を攻め落とす。準備しなさい、異論は認めない。亡霊姫ごとき私が直々に叩き潰してみせる。」

「お嬢様、それは無理だと理由も添えて言ったはずですが。」

「理解はしているわ。冥界の毛玉に関する干渉力の事でしょう。別に大丈夫じゃないのかしら。そんなに数はいらないわ。紅魔館全体で6万近い毛玉がいるんでしょ、だったら半分ぐらいは残るわよ。」

「全部の毛玉を出すつもりですか、そんな無茶を……」

その言葉にレミリアは軽く目を細めて言い放つ。

「私は決めたの。意見はいらない。咲夜は準備だけすればいい。別に着たく無いなら来なくても良いわ。それでも私はいくけど。」

その言葉に咲夜は黙り込んだ。視線を床へと落とす。

レミリアはもう何事も無かったかのように椅子に座って窓の外を眺めていた。

何度か咲夜は頭を小さく振った後、諦めたかのように小さく溜息をついた。

「わかりました。準備の方をさせて頂きます。ですから、あと数日お待ち下さい。」

「私は言ったのよ。すぐに、と。だったら準備しなさい。もう軍師なんてやらなくていいからメイドの仕事だけをやればいい。メイドは主に従順にしたがうものよ。」

「……わかりました。ですが、後数日でパチュリー様の新しい魔法が完成するとの事です。それまでお待ちいただけませんか?」

その言葉にレミリアが反応して咲夜の方へと視線を向けた。

「魔法ってどう言う事かしら。」

「ええ。パチュリー様によれば冥界の毛玉に対する干渉力を無効にするとのことですが。」

 「なんだ、準備していたんじゃない。」

 「もちろんですわ。只、まだ完成したわけではありませんので言うべき事ではないと私は考えていまして。」

 「別に完成していなくても準備をしている、とだけ言えばいいじゃない。」

 「何度も言ったはずですが。」

 「そういえばそうだったわね。まあ良いわ。それが終わり次第行けるんでしょう?」

 「―――――――ええ、勿論です。」

 「何なのよ、その間は。」

 「いえ、別に。」

 「まあいいわ。パチェに直接聞いてくる。咲夜は準備をしていなさい。魔法が完成して効果が確認出来次第行くわよ。」

 「……仰せのままに。」

 

 

 

 部屋を出てお辞儀をしながらゆっくりとドアを閉める。

 ドアが完全に閉まったことを確認すると、咲夜は大きく溜息を吐いた。

 ついに西行寺家と戦端を開く事になる。いままではなんとか伸ばし伸ばしにしてきたけれど、もう限界だったのだろう。

 パチュリー様の魔法が完成するというのはいいタイミングなのかもしれない。もしも冥界に対するなんの準備もないまま突入するということになれば、西行寺家に時間を稼がれて終わってしまう事となっただろう。

 白玉楼は防護に関しては超一流だ。地理的条件を加味して考えると、時間を稼ぐのにはもってこいのところである。

 咲夜が持っている情報では、西行寺家の毛玉数は約2万五千。ほぼ同程度の領地面積を誇る紅魔館の毛玉が6万である事を考えるとかなり劣ることになるが、冥界という地理的条件があるので仕方ない事になるのだろう。冥界から外に出れば負荷状態から開放されるので能力が上がると考えるべきかも知れない。

 パチュリー様の魔法で問題なのは、パチュリー様がその魔法をどれだけ詠唱し続けられるのか、という所がまず一つ。これは体調に関する物なのでどうしようもないかもしれない。もう一つは、これは仕方のないことなのだけれど、パチュリー様の攻撃が出来なくなるということだ。西行寺家には強力な将がいるのでパチュリー様の魔法援護はあるに越した事は無い。これがなくなるということは多少苦戦を強いられる事になるのかもしれない。

 それとは別に、咲夜には何となく嫌な予感がしていた。

 それが何か分かっていればレミリアお嬢様に言えるだろう。

 これがあるからまだ進攻できません、と。

 けれど、それに関しては何も思いつかなかった。だからこそ、伸ばし伸ばしにして時間を稼いでいたのだった。

 もう進軍することは決定事項だった。いまさら咲夜が何を言っても聞いてはくれないだろう。だったら準備を進めるしかない。

 もしもパチュリー様の魔法が完成するまでに準備が出来ていなかったら何を言われるかわからない。今日の様子を見ているとそのままでも出撃すると言いかねない状況だった。

 「気のせい、よね。」

 うんうんと頷いて無理矢理に自分に信じ込ませる。指揮を執るべき自分が不安であっては士気に関わる。毛玉にやる気があるのかどうかは良く分からないけれど、自我があるのは確かの様だ。自分の不安な様子が伝わって勝手に瓦解してしまったのでは元も子もない。

 だからこそ、咲夜は自分に何度も言い聞かせた。不安に思うことなど何も無い、と。

 

 けれど、結局その不安は晴れる事はなかった。そして、不幸な事にその不安は的中することとなってしまった。

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